京都の同志社大生の事件について思う

昨今、小学生や中学生に対する残酷な犯罪が頻繁に起こってきていることはご承知のとおりでありますが、ここへきて立て続けに3件も起こり、当惑せざるえを得ないワタクシmarusun1224であります。今日は真面目なおはなし。


昨日、学習塾「京進」の宇治市の教室「京進宇治神明校」において、同志社大の学生で、当塾の講師であった男が、生徒であった小6の女の子を刺殺、その後警察に自ら通報し、その場で現行犯逮捕された事件。


以前友人のsoulwardenさんの9月15日の記事に、ヤラセで番組作ってバレたら信用に傷がついて困るので会社は出来るだけヤラセ発生リスクを減らすように動くんだけど・・・・ってのを見たのを思い出した。(詳しくはみてみてください)


この京都の事件、毎日新聞で作家さんが塾の講師の管理がアマいんじゃないの?って言ってたけれど、僕には到底そんな事言えないなあと思う。
確かに、容疑者が大学で窃盗?かなんかして問題を起こした事や、被害者となった生徒さんと折り合いがかなり悪化していた事についてはもう一歩踏み込んで講師の身辺をリサーチすれば「ちょっとコイツはマズイかな?」と留意できたとは思う。

しかし、容疑者のパーソナリティーが実際に会ってみて「こいつなんかヘン」と気づく程ではないものであったなら(そこまでの情報はないのでなんとも言えないけど)、普通に面接して普通に採用したとしてもそんなに塾に責任があるようには思えないんだよな~。
当然な話だけど、最初から「こいつ犯罪者の素質アリなやつなんじゃね~の?」って疑って採用人事する人っていないだろう、多分。「ウチに入れるか相応しいかどうか」見極めるのが普通で、「コイツが重大な爆弾かかえてるかどうか」なんてわかりゃしないもの。
あからさまにヤバそうなやつは面接以前で門前払いだろうし。


一体塾はどうしたら雇う講師の大学生とかが「まとも」な人間かどうか見極められるのだろう?一面から見たら一つの殺人事件だけれど、他の面から見たら「会社」に対するテロみたいなもんだ。ヤラセと殺人事件じゃ話の大きさが違うけれど、個人の身勝手な行動により会社が甚大な危害を被る点においては、二つは同じ属性を持っていると思う。


社会において責任のある態度を求められる集団のすべてにあてはまってしまう命題なんではないか?と思ってしまう。「犯罪を犯しそうなやつ」を正面から迎え入れることが出来る組織など普通ない。あったとしたら、それは宗教か刑務所だ(悪いひとたちの組織は除いてね・・・)。いづれにしろ特殊な組織である。


一体どうするべきか?



個人個人が人を信頼する段において、こいつが「まとも」かどうかについて身構えざるを得ないのか?


こうした事件を未然に防ぐために、門で人をみるべき立場の人は、犯罪捜査官並みの嗅覚を求められるんだろうか?



なんとも無粋な世の中だ




知恵に乏しい僕にはこれといった手はおもいつかないんだけど・・・・・


あなたはどうですか?
[PR]
by marusun1224 | 2005-12-11 23:35 | ぼちぼち日記
<< マイジェネレイション バットマンのつくりかた >>