Oasis / Definitely Maybe

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自分の運命を受け入れるとか、
自分の境遇を受け入れるとか・・・・・
「自分」が「自分であること」について、
心から「OK!!」
と言える様な境地に,とても憧れます。


ところで、
現代人は他人志向型といわれるそうな。
公務員試験の政治学でそう習った。
(うろおぼえだけどね;;)
つまり、現代社会において、砂漠の砂のように個別でバラバラな個人というものは、どうしても他人の動向を気にしてしまう傾向にあるということらしい。
「自分はこれでいいのか?」「他の人はもっとマシなほうに進んでいるのでは?」
「それに比べ、自分ときたら・・・」「こんな自分はいやだ」などなど・・・・

「自分」といものに対して、深い信頼を注ぐことは大変難しい。
そして、不安な気持ちを抱え続けることは、大変なエネルギーを消費するものだと思う。
そんな時にキラキラ輝いて見えてしまうのが、他人の人生だったりするもんだなあ、と。


ご多分にもれず、そういう僕も自分以外の人生に激しく嫉妬してたな~なんて幼い頃を思い出しますよ。ままならない自分のふがいなさを見つめるのはツラいし、なんかむなしい気もしたし、なにより怖かったのがホントのところ。
つくづく、自分を信じてやれなかったなあとも思う。
そしてなにより、いまこの時分においても、これからの人生が未だに軌道に乗っていない事に、深刻な不安を覚えている。

彼らの鮮烈すぎるデビューとなった、Shakermakerの中で、ノエルはリアムにこう歌わせている。

I need to be myself.
I can't be no one else.


あまりにも有名すぎるフレーズで、少々引用するのに気恥ずかしさもあるけれど、このフレーズの素晴らしさは言葉にはできないものがあると思う。
言葉って、随分と操る人間を選ぶものである。
似合わない人が似合わないセリフを吐いたとしても、お寒い空気しか生み出せないもんだ。
ところが、このアルバムたった一枚で、Oasisは、いや、ギャラガー兄弟は、このセリフに嘘偽りがないことを証明してしまった。
吐くべき人が、吐いたセリフだったというワケだ。

「自分は自分である必要がある。自分は他人にはなれるもんではない」

ノエルの歌詞に関しては、当時から「下手」だとか「いいかげん」だとか、様々な評判を目にしたけれど、こんな歌詞かけるやつ・・・・さいこうじゃない?

彼らは自分に対して、ふてぶてしいくらいに自信満々だ(笑)
「言った事は、達成できるし、できなきゃおかしい。俺なら絶対できるよ。」
そう伝わってくる雄大なメッセージだなあと、思う。
そこには、一寸の疑いもないし、僕が抱くような不信感は微塵もない。
もし、ノエルがそんな僕に対しコメントでもくれるならば、きっと彼は開口一番こういうだろう。

「オマエはアホか?」と。

まちがいないよ(笑)
すげえな~、ノエルはよぅ。
僕には、このセリフを吐く勇気も資格も足りていないかもしれない。


けれど、すこしばかりこのフレーズのもつ魔法にあやかって、勇気をひねり出したいものだなあという気分にはなれてきたみたい。

「俺は俺である必要がある」

勇気ある人間と、勇気のない人間と、もし自分がカミサマだったらどっちがスキだろうかなあ?他人のこと気にしたりして、グズグズしている暇はないのかもしれない。


今日、件の映画館へ、面接の申し込みをしようと思っています。
「俺ならできるよ、絶対に」と信じて。


お気に入りは・・・


全部。(決して手抜きじゃございませんとも、ホントです)
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by marusun1224 | 2006-04-15 06:48 | 音楽鑑賞記
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